日本正剛館空手道士会 総本部道場   SEIGOKAN KARATE-DO ASSOCIATION 

正剛館 海外支部の歴史について

正剛館 海外支部の歴史について






現在、正剛館の海外支部が世界各国に存在し、アジア、ヨーロッパ、北南米に分かれるが、歴史的拠点は香港にあり。

時に西暦1967年、昭和42年に始まる...。

1967年当時香港は、重大な政治騒乱があり、多くの人々が路上での暴力に曝されていた。法律によって一般人の護身用の銃の携帯が禁止となり、暴徒に追い詰められた時に自分自身を護れる事を期待して、多くの人達が護身の為に武術を習い始めた。 

その様な時代に、京都外国語大学空手道部出身の正剛館神戸道場(当時) 指導員であった楊紀 幸明氏が、単身香港に渡り正剛館を紹介するとともに、道場を開設して正剛館香港支部の礎を築きました。

当時訪れた入門者の中には他の道場で学んだ有段者もいたが、「正剛館に入門するなら、次回から白帯をしめていらっしゃい。」と、楊紀氏が言うと彼らは後日、白帯をしめて稽古に出てきた。その中には後々に、香港空手道連盟会長や、澳門空手道連盟会長になる人材がいた。 

9ヶ月後に館祖 多田正剛先生が香港へ訪問され、1967年香港正剛館が正式に認可を受ける事となりました。


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ポルトガル道場の開設時の時代背景と発展

 

政治家サラザールによる36年間に渡る独裁政権から1974年4月25日(無血革命)に立上った民衆は自由を手に入れましたが脆弱な新政府内では混乱つづき国民生活は疲弊しきっている中、1975年に植民地であるアンゴラ・モザンビーク、他3カ国が次々に独立、多くの入植者・避難民・敗残兵が身ひとつで本国ポルトガルへ帰還、1975~79年のリスボン市街は失業者が溢れ、貧困に喘いでいました。

香港正剛館設立から9年後、ポルトガル道場は、このような時代背景の中、京都外国語大学空手道部出身の永井克宗氏がポルトガルに渡り,1976年4月サパドーレスに空手道場の設立に至りました。折しもブルースリーの映画が放映、感化された若者・帰還者達が、空手を職業とすべく集いました。

そのような中でポルトガル正剛館現幹部達や、他多くの良き生徒に恵まれ同年末に館祖 多田正剛先生の快諾と承認を得て正剛館へ加盟出来る事になりました。

1977年にはポルトガル政府から武道会の第一号正式認可を取得、リスボン市街地にサンジョルジュ道場/エンカルナサン/アロイオシュ/アルマダ/アルカントラと道場を開設いたしました。そして1979年に念願のポルトガル人の黒帯を認可する事が出来ました。

多田正剛館祖の大きな愛情・指導に多くの生徒が来日し現在に至っています。


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